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お風呂に入ると健康になる、お風呂に入るとキレイになる、お風呂に入るとダイエットになる。 そんな日本人が大好きなお風呂の効用を交えた、楽しい健康入浴がテーマのお風呂の話です。 |
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| 日本列島は、全国いたるところに温泉が湧いています。 伊豆 昔から、日本人は温泉や石風呂(自然の岩窟を利用した蒸気浴のお風呂)などに入浴していたそうです。 お風呂の歴史は、6世紀に仏教が伝わるとともに、中国から伝わってきたといわれています。仏教では「お風呂に入ることは七病を除き、七福が得られる」と説かれていたことから、お風呂に入る事は健康に良いと理解されていました。以来、寺院では「体を洗い浄める」という大切な業の一つとして浴堂が備えられるようになり、浴堂のない庶民にも入浴を施したことから、お風呂に入るという習慣が始まったとされています。 |
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大仏様で有名な東大寺には、多くの学僧や僧侶の心身を清浄にするため、寺院として始めての湯屋が作られました。1282年に作られたとされる、現存する最古の浴槽、東大寺の大湯屋は、約1000リットルの大釜でお湯を沸かし「鉄湯船」と呼ばれる浴槽(2000〜3000リットル)にお湯を供給する給湯方式が採用されていたそうです。 |
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平安時代、上流公家の入浴回数は、普通1ヶ月に4〜5回だったそうです。他の日は行水をしていたとされていますから、少なくとも上流の公家達は、2,3日おきにお風呂を使っていたことになります。 「明月記」には、寛喜三年(1231年)、関白藤原道家親子が、自分の別荘に有馬の湯を、毎日牛車で200桶も運ばせて、入浴していたという記述があるそうです。 また、江戸時代には「御殿湯」といって、熱海の湯を人足が担いで江戸城まで運んでいたそうです。 江戸時代まで「お風呂」と「湯」は区別されていたそうです。 「お風呂」とは、釜に湯を沸かし、その蒸気を浴槽内に送り込み、熱い水蒸気により身体の垢を浮き上がらせて、適当な時間に室外に出て笹の葉などで、身体を叩いたり、なでたりして垢を落とし、近くに用意したぬるま湯や冷水で身体を充分に洗うというもので、「湯」とは、今日一般の家風呂や銭湯と同じであったそうです。 |
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五右衛門風呂とはカマドを築いて釜をのせ、その上に桶を取り付け、底板を浮き蓋とし、その板を踏み沈めて入浴します。 五右衛門風呂の名前の由来は、豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説から生まれたのだそうです。 五右衛門風呂は底が鉄製なのに対して、長州風呂は全体が鉄製です。現在では長州風呂も五右衛門風呂として一般的に呼ばれています。 |
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長州風呂は、大きな鉄の湯釜が浴槽です。 これに別の鉄釜でどんどん湯を沸かし、このお湯を浴槽に運び入れたり、桶などを利用して流し込みます。適当に水を注いで湯加減を見て入浴します。 現代では五右衛門風呂と同じように、下から加熱して、湯を沸かせます。 五右衛門風呂との違いは、木の桶があるか、ないかだけのようです。 |
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純粋な公衆浴場「銭湯」が登場したのは江戸時代といわれています。 家康が江戸入りした翌年1591年には、江戸に湯屋が開業しているそうです。 小屋の中に石を多く置き、これを焼いて水を注ぎ湯気を立てる。その上にすのこを置いて入る蒸気浴であったそうです。今で言うサウナのようです。これは、江戸の街の建設に携わる出稼ぎの庶民、労働者のニーズに応えるものであったようで、なかなか好評だったそうです。 |
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蒸し風呂から今日の銭湯に変わる前に「戸棚風呂」というお風呂ができました。 その構造は、蒸し風呂の底に湯をいれ、下半身を湯に浸し、上半身を蒸気で蒸しました。 お風呂と温浴をミックスした仕組みになっています。サウナのように中で温まって垢の浮いたところを洗い場で洗い落としたそうです。引き戸を閉めて戸棚に隠れるような感じから「戸棚風呂」といわれたそうです。燃料不足や水不足のためこうした形になったということだそうです。 その後「戸棚風呂」は、「柘榴口」というものに変わっていきました。 |
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浴槽の外側を破風屋根の小屋で覆い、三方を羽板で囲んでしまいます。一方の入り口のみは開いていて、上から半分位のところまで板戸のようなものが作られました。その板戸には、三保の松原や牡丹に唐獅子などの絵が描かれていたそうです。そして、その左右の柱には漆喰や金色の金具が巻いてあり、すこぶる美しかったそうです。 この入り口のことを「柘榴口」と呼んでいたそうです。お風呂の浴槽に入る客は、この板の低い入り口から頭を下げて入り、1,2歩先に進みます。そこには2m70cm四方で湯量が少なくてすむように浅くした浴槽があります。 内部は、入り口からの光線しかなくて、お風呂の中は、こもった蒸気で暗く、人の顔もわからない状態だったようで、風紀上問題も多く、人が殺されていても分からないなんていうこともあったようです。 |
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| 銭湯ができた当初は、お風呂は混浴で男湯・女湯の区別はなかったということです。 老中松平定信による寛政の改革(1791年)、水野忠邦の天保の改革(1842年)などで混浴は禁止されたそうですが、徹底できなかったようで、明治時代になっても混浴は続いていたそうです。 また、当時から薬湯専門の湯屋もあったそうで、柚湯や菖蒲湯など利用していたそうです。今でいう「ハーブ風呂」です。 そして、銭湯は流行に敏感な江戸っ子達の社交場でもあったようで、様々な銭湯文化が生まれました。その頃から日本では、入浴という習慣が庶民の間で根づき、世界に類を見ない「風呂好き国民」となったといえるでしょう。 明治10年ごろ、東京神田に新しい銭湯ができました。 この銭湯は浴槽を板間に沈めて湯をたっぷりと入れ、さらに流し場の天井を高くして湯気抜き窓を設けた、従来の銭湯と比べてかなり開放的なものでした。 これより銭湯は明るく清潔になっていきました。 明治17年、警視庁は柘榴口式浴場を風紀上の問題から禁止したため、現在の銭湯の形へと変わっていきました。 明治時代の日本人のお風呂の入り方に関する、B.H.チェンバレンという人の手記によりますと、「毎日下着を替えるヨーロッパのやり方からみると、お風呂から上がると、また汚い着物を着る日本人のスタイルは、不潔に感じる人もいるが、しかし、日本の下層階級の人でも、いつもお風呂に入り、身体をゴシゴシ洗っているから、日本人の着物は外部は埃で汚れていても、内部が汚いということは考えられない。日本の大衆は世界でも最も清潔である。」と言っています。 現在では、お風呂でテレビを見たり、お風呂で音楽を楽しんだりと、様々なスタイルでお風呂タイムを満喫できますし、入浴する事でのダイエットや健康にも、色々な方法や知識が広がっています。 |
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| お風呂おもしろ雑学 | |||
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■風呂敷 風呂敷は足利時代の大名が、入浴する時に、他の大名の衣服と間違えないようにするため、家紋を染め抜いた布で衣服を包み、湯上がりには、その布の上に座って、身繕いをしたことから、風呂の敷物として、風呂敷と呼ばれるようになったということです。 |
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■浴衣(ゆかた) 寺院の浴堂では、大勢の人が入浴するため、風紀衛生上よくないという理由で、入浴者は仏典にしたがって、必ず明衣(あかは)という、白布の衣をまとって入浴していたそうです。 その着物を湯帷子(ゆかたびら)と呼んでいたことから、湯帷(ゆかた)となり、浴衣と呼ぶようになったようです。 |
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| ■産湯 人生のスタートの清めである沐浴。鵜羽湯(うばゆ)と言われていたようです。お湯の中に消毒のために、高価な香料を入れることもあったそうです。 キリスト教、ヒンズー教、イスラム教でも行われ世界共通の儀式のようです。 |
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